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今、なぜ多言語翻訳が重要なのか
2024年の訪日外国人観光客数は 3,600万人を突破し、コロナ禍以前を上回るペースで回復しています。しかし、多くのインバウンド/観光事業者が直面している現実は「翻訳はしたが業務負荷はなかなか減らない」という状況です。
これは、単なる翻訳から、質の高いコミュニケーションへの転換が求められている証拠です。
「もうひとつの言葉の壁」とは
「とにかく多言語対応をしておけば大丈夫」と考えていた時代から、現在は「質も伴なった多言語対応」をしなければならない時代に変わっています。「とにかく多言語」という状態だと以下のような問題が起きていました。
- 多言語翻訳したが、誤訳があって余計に質問や問い合わせが増えてしまった
- AIで翻訳したのにまったく違った情報が提示されてしまった
- 導入した AI 翻訳システムが動作しない
- スタッフのための言語研修をしたがマインドが変わらないので効果がない
これではまったく意味がありません。超えたはずの「言葉の壁」ですが、実は「もうひとつの言葉の壁」があったということです。
上記と関連しますが、多言語対応がうまくいかない理由はいくつかあります。
- そもそもスタッフが外国語対応に不安を感じる(マインドセット)
- 情報を正確に伝えられず、クレームに発展する
- できる人とできない人の対応の質にばらつきがあり、業務効率が低下
このように「多言語対応」といっても企業や組織、団体ごとにかなりバラつきがあるのが実情です。こういった事態を避けるためには表面的な多言語対応ではなく、戦略的な多言語対応を計画しなければなりません。
- 多言語対応そのものができていない(黎明期)
- 翻訳はあるが正確に伝わらない/伝わっていない(現在)
実践的な多言語対応の進め方
対象言語の戦略的な選択と具体的なステップ
前述の通り、外国人観光客が満足する多言語対応というのは、実は通り一遍の「すべての言語に対応する」ということではなく、しっかりと自分たちのターゲットに合わせて選択する必要があるということです。では、そのためには何をしなければならないのでしょうか。
戦略設計のための準備(現状分析と計画策定)
これはどの事業でも同じですが、インバウンド市場においてもきちんと戦略を立てるべきでしょう。考えなしに闇雲に行動してもうまくいきません。
自分たちのお客様は誰なのか、その人たちにはどうアプローチすればいいのかを具体的に落とし込む必要があります。
作業項目 | 補足説明 | |
---|---|---|
1 | 現在の来場者データを分析 | 特に外国人観光客の全体に対しての割合など |
2 | 今後誘致したいターゲット層を明確化 | ペルソナ設定は必須 |
3 | 戦略、施策決定 | 予算と効果のバランスを検討 |
4 | 競合施設の対応状況を調査 | 3C分析 |
5 | 戦術決定、PDCA 運用 | PDCA を高速で回していく |
言語を選択する(自社にとって優先度の高い言語は何か?)
そして次にどの言語から翻訳するのか(その理由)、どの言語に翻訳するのか(その理由)を決める必要があり、全体戦略に沿った決定をします。
言語 | 補足説明 | |
---|---|---|
1 | 英語 | 世界共通の言語 |
2 | 中国語(簡体字、繁体字) | アジア市場では欠かせない |
3 | 韓国語 | リピーター率も高い |
4 | その他言語 | 自分たちの特性と来館者属性にあった言語 |
AI翻訳の効果的な活用法
次に、戦略に沿ってどのようなツールを使用するかを決定します。代表的な AI 翻訳テクノロジーはいくつかに分けることができます。使用用途に応じて、最適なツールやシステムを選択します。
- 生成AI翻訳:ChatGPT、Gemini、Claude など
- リアルタイム音声翻訳:ポケトーク、VoiceBiz® Remote など
- マルチモーダル翻訳:画像認識とAR翻訳の組み合わせなど
成功事例
成功事例として多言語対応が進んでいる企業様をご紹介します。
- 京阪電鉄:ポケトーク導入により駅員の多言語案内が強化され、駅構内の案内がスムーズになった結果、外国人観光客の満足度が向上しました。
- 食べログ:生成AIの導入で92.3%の正解率と73%のコスト削減(参考 URL)
なお、これ以外でも AI 翻訳の上手に利用するとコストや業務改善につながる例は多くあります。
翻訳品質を高める4つのポイント
しかしながら、翻訳会社の立場から見解を述べると、上記のように AI 翻訳でうまくいケースとそうでないケースがあるのも事実です。前述の企業様も含め、実際は「AI に全部お任せ」というわけではありません自分たちにあった適切なプロンプトを書くためにも、以下のポイントをしっかり押さえる必要があります。
ポイント1:専門用語、固有名詞、表記スタイルの管理
翻訳の品質が高いというのは「正しく伝える力が強い」ということですが、それを支える要素のひとつに「専門用語や固有名詞の統一」があります。
例えば、地名や施設名、個人名、作品名など固有名詞はいたるところに存在します。
また、どのような表記ルールにするかも同時に決めなくてはなりません。
例えば、最近話題になった「ローマ字表記を約70年ぶり見直しの検討をする」というニュースですが、これらは翻訳時にも影響を与える重要なルールとなります。
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/roman/roman_08/pdf/94182101_01.pdf
また観光庁や文化庁などが発行しているインバウンド関連の各種ガイドラインなどの内容にも準拠する必要があります。
文化庁:文化財の多言語化ハンドブック
https://www.bunka.go.jp/tokei_hakusho_shuppan/shuppanbutsu/handbook/index.html
観光庁:観光立国実現に向けた多言語対応の改善・強化のためのガイドライン
ポイント2:文化的な背景を説明する
また、これは意外と見落としがちなのですが、ただ単に翻訳するだけだと外国人観光客には理解できない内容のものがあります。特に伝統工芸など文化や歴史の共通認識がテーマだとそれがより顕著になります。
例:「江戸時代」という言葉を英語に翻訳する場合
- ❌ 「江戸時代」→「Edo Period」
- ✅ 「江戸時代」→「Edo Period(1603-1868)」
※単に、Edo Period だけでは伝わらないため、西暦での表記も入れなくてはなりません
このように、日本特有の概念には何らかの説明を付与しなければならず、これは外国人視点で内容を調整しなければならないということです。また飲食店などの場合には「宗教・文化的配慮(食材表示など)」がマストになります。(ハラール、ハラームなど)
ポイント3:自然で分かりやすい表現を心がける
これはインバウンドに限った話ではありませんが、言語の品質としてどの言語への翻訳であっても以下のポイントは押さえなくてはならない重要なポイントです。
- 直訳ではなく、自然な表現を心がけるようにする
- 専門用語や業界用語はできるだけ平易な言葉に翻訳する
- 文化的ニュアンスを考慮した「カルチャライズ」を意識する
逆に言うと、こういった点ができていないからこそせっかく翻訳したのに業務負荷が減らなかったり、むしろクレームになってしまうということが発生します。
ポイント4:人間によるチェック、ポストエディットは必須
そしてここが非常に重要になりますが、現時点で「AI翻訳」は完璧ではありません。これまでのポイントを全て押さえ、プロンプトを駆使しても限界があります。ハルシネーションを起こしてしまったり、そもそも欲しい結果を得られなかったりということがあります。
そのため、現時点では AI 翻訳後の「ポストエディット」という人間によるチェック作業が欠かせません。誤訳や訳抜けがないかはもちろん、固有名詞は正しく翻訳されているか、また文章自体のもつ文脈は適切か(誤解を招かないか)、前述の文化的な配慮はされているかなど多岐にわたりチェックし修正をする必要があります。
多言語対応の投資対効果を最大化するコツ
これまで述べてきたように、インバウンドが盛り上がっているからといっても闇雲にビジネスを進めるのではなくしっかりマーケティング戦略をもって取り組むべきだというのはお分かりいただけたと思います。
さらにワンランク上の多言語翻訳やインバウンド対応を行うためには、改めて以下のポイントを押さえておきましょう。
- 段階的なシステムやツールの導入:優先度の高いポイントから順次対応する
- 既存システムとの連携:WebサイトやPOSシステムとの統合
- スタッフ教育:マインドセット、AI翻訳ツールの効果的な使い方をマスターする
また同時に、それがうまくいっているかどうかを評価しなくてはなりませんが、評価軸を事前に決めておく必要があります。例えば、以下のような指標です。
- 外国人観光客の増減
- 外国人観光客の満足度向上
- クレーム件数の減少
- 売上・客単価の向上
- スタッフの業務効率の改善率
これらの指標をチェックしながら、多言語翻訳を進めていきましょう。
まとめ:言葉の壁を越えた「おもてなし」の実現
インバウンドにおける多言語翻訳は、単なる言語変換ではないことは言うまでもありません。
直接のコミュニケーションで最もパワーを発揮する多言語翻訳は、訪日外国人に日本の魅力を深く理解してもらい、感動を与える重要なツールです。
AI技術の進化により、以前より効率的で高品質な多言語対応が可能になりました。しかし、最終的に重要なのは「相手に伝えたい」「相手を理解しよう」という姿勢と、人間らしい温かさであることは変わりません。
適切なマーケティング戦略と実行により、言葉の壁を越えたワンランク上の質の高い「おもてなし」を提供し、インバウンドにおける多言語対応を実現しましょう。

トライベクトル株式会社 代表取締役。会社経営 21年目。翻訳・ローカライズ業界25年。翻訳・ローカライズ実績年間10,000件以上。
BtoB向けの「言語コミュニケーションサービス」という領域で、主に翻訳/通訳/ローカライズ、インバウンド、コンテンツ制作、言語学習/研修サービスを提供している。