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矢柳祐介 について

トライベクトル株式会社 代表取締役。会社経営 21年目。翻訳・ローカライズ業界25年。翻訳・ローカライズ実績年間10,000件以上。 BtoB向けの「言語コミュニケーションサービス」という領域で、主に翻訳/通訳/ローカライズ、インバウンド、コンテンツ制作、言語学習/研修サービスを提供している。

その英語の資料が稟議を止めるー外資系 IT 企業が日本市場で売上を逃す本当の理由

ローカライズ

「英語で十分」という思い込みが、ビジネスチャンスを逃している

「うちのクライアントは英語が読めるから大丈夫」「まずは英語でローンチして、売れてから日本語化すればいい」―外資系IT企業が日本市場への参入時によくある話です。

しかし、データはまったく別のことを物語っています。例えば、英語に自信がある担当者でさえ、ローカライズされた製品を選ぶ確率は英語版の 4.5倍になっています。なんと、80%以上の人が「日本語の資料がなければ十分に検討しない」と答えています。これは感情論などではなく、購買行動の実際のデータです。

Survey of 8,709 Consumers in 29 Countries Finds that 76% Prefer Purchasing Products with Information in their Own Language

https://csa-research.com/Blogs-Events/CSA-in-the-Media/Press-Releases/Consumers-Prefer-their-Own-Language

More than Nine out of 10 Businesses Surveyed Across Eight Countries Prefer to Purchase Products That Have Been Adapted to Local Language and Market Needs

https://csa-research.com/Blogs-Events/CSA-in-the-Media/Press-Releases/businesses-prefer-local-language-purchasing

以前にも解説したように日本では、英語力の問題だけではなく組織としての稟議制度も関係しています。1つの B2B プロダクトを購入するかどうかという点では、平均13人ほどが関与し、86%の案件がどこかで停滞するという事実です。

つまり、経営層、IT 部門、法務、情報システムなど―全員が英語に対して同じ理解に達し、合意するのは想像以上に困難であるということです。本記事ではこれらの事実を踏まえ、「翻訳=コスト」ではなく、「翻訳=売上を生むための必要な投資」として日本語ローカライズを位置づけ、推進する必要があるということをご説明し、加えて海外本社を説得するための定量的な根拠もお伝えします。

※実は、本記事の内容に近しい記事を 2017年にも書いており、「なぜ翻訳するのか?」というシンプルな問いを立てたことがあり、その答えは今回とほぼ似たものになりますが、こちらもぜひご一読ください。

なぜ翻訳するのか?

ローカライズ費用は外資系企業にとってコストなのか、投資なのか

上記の記事化したのが 2017 年でしたが実際にはもっと昔(恐らく 20年、30 年単位)から日本市場での販売セオリーの中に「日本語化」は間違いなくあったはずで、綿々と続く課題ということは間違いなさそうです。

生成 AI 時代の購買プロセスとまったく変わらない合意形成

稟議書

生成 AI や SaaS の普及により、製品やサービスの比較は誰でも簡単にできる時代になりました。しかしながら「情報を集められる」ことと「社内で合意を取る」ことは、まったく別の話です。

日本企業においては、担当者レベルで情報を集め、比較検討をしたとしても最終的な決定権は担当者にはありません。自分で決められる自由度は(それこそ外資系企業と比較しても)まだまだ小さいと言えます。さらに関係者が増えれば増えるほど、全員が同じ理解に到達する確率は下がるため、冒頭のように 86% の案件が停滞したり保留になると言われています。

その原因が英語のドキュメントです。日本語化されていないドキュメントがあると、経営層・IT部門・法務・情報セキュリティ部門のすべてに対して説明をするのは極めて困難になります。

つまり、だからこそ日本語化を最優先事項として投資しなければならないのです。


エビデンス①:母国語による体験は購買の確率を圧倒的に押し上げる(B2C/B2B)

B2C における母国語の影響力は?

CSA Research が 29 か国 8,709 人を対象に実施した大規模調査では、76 %が母国語情報のある製品を選好し、40 % は他言語サイトでは「決して購入しない」と回答しています。オンライン比較が当たり前になった今も、実はこの傾向は変わっていません。

Survey of 8,709 Consumers in 29 Countries Finds that 76% Prefer Purchasing Products with Information in their Own Language

https://csa-research.com/Blogs-Events/CSA-in-the-Media/Press-Releases/Consumers-Prefer-their-Own-Language

B2B ソフトウェアでの圧倒的な差を把握する

ローカライズ

さらに注目すべきは、B2B ソフトウェアの購買に関する調査結果です。8 か国 351 名の購買担当者を対象にした調査では、英語に自信がある層であっても、ローカライズされた製品を購入する確率は英語版の 4.5 倍になるという結果が出ています。

それだけではありません。なんと 8 割超が「ローカライズ資料のない製品は十分に検討しない」と回答し、6 人に 1 人は「日本語化されていない製品は検討対象にすら入れない」と明言しているのです。この事実は決して無視できない数値です。

More than Nine out of 10 Businesses Surveyed Across Eight Countries Prefer to Purchase Products That Have Been Adapted to Local Language and Market Needs

https://csa-research.com/Blogs-Events/CSA-in-the-Media/Press-Releases/businesses-prefer-local-language-purchasing

日本に関するデータもなかなか衝撃的です。日本では「母国語以外の言語で購入する」と答えた回答者はわずか 5 %にとどまり、100 % が日本語版での購入を好んでいるという結果が示されています。この結果からも分かる通り、英語版の製品やドキュメントだけでは日本市場において致命的なハンディキャップになってしまうのです。当然、多くのビジネスチャンスを逃すことになるでしょう。

価格への影響は?

冒頭からお伝えしていますが、日本語ローカライズは単なるコストではありません。B2B のユーザーの 66 %が、ローカライズされた製品には最大 30 %の価格上乗せを許容すると回答しているからです。つまり、日本語品質への投資は値引きというよりもむしろ価格を高める効果があるということです。

「翻訳≠コスト」

これらの数字が示すのは、「翻訳=コストである」という発想自体が、そもそも間違っているということです。

日本語化を行うことで「製品やサービスの価値が日本語で正しく伝わる」という、貴社ユーザにとっての当たり前の体験は、製品やサービスの検討対象に入る確率、その後の商談の勝率、そして販売価格を同時に押し上げる収益ドライバーになるのだということが分かります。

これからはますます翻訳=コストという視点を変えなければならない時代になっていくでしょう。


エビデンス②:日本の英語力の現実と、13人が止める購買プロセス

日本の英語力 水準レベルを考慮する

EF Education First が発表した英語能力指数(EF EPI 2024)において、日本は 116 か国中 92 位、スコアは 454 点で「Low(低い)」に分類されています。世界平均の 477 点を下回り、地方別スコアではさらに低い地域が目立ちます。

世界最大の英語能力指数 ランキング

https://www.efjapan.co.jp/epi/

日本人の英語力、非英語圏で92位に後退:スイスの教育機関2024年調査

https://www.nippon.com/ja/japan-data/h02199/

停滞する購買プロセス

また前述のとおり、Forrester の調査では B2B 企業での購入プロセスの 86 % が停滞しています。平均で 13 人ほどが関与する購買プロセスにおいて、英語版のままだとなかなか理解されません。つまり「日本語になっていない」説明はクライアントの意思決定を遅らせる、また最悪の場合には却下されるという決断すら導きかねないのです。

「英語を読める人が社内にいる」ことと、「英語資料で社内の合意を取る」ことは、まったく別物です。平均 13 人の購買に関わる人々は、経営層、IT部門、法務、情報セキュリティ、調達、エンドユーザ部門など多様なポジションや役割の人々が含まれており、何度も申し上げる通り、彼ら全員が英語に堪能とは限らないため、意思決定プロセスが前進しないということになります。

だからこそ、母国語の資料がある方が説明の手戻りが減り、稟議やレビューが圧倒的に前に進みやすい――これが日本市場の実務における真実でしょう。

言語の壁が1つでも残っていれば、誤読のリスクもありますし、説明コストや手間も増え、かつクライアントの意思決定の遅延が発生するのだということを知っておく必要があります。


エビデンス③:日本語は「翻訳」だけでは足りない―DTP 品質が信頼を左右する

DTP 組版という基礎体力

では「とにかく日本語になっていればいい」のでしょうか。実はそうではありません。日本語の品質は、意味の正確さだけでは測れないからです。W3C の JLREQ(Requirements for Japanese Text Layout)は、DTP に言及し、「句読点のぶら下がり、禁則処理、縦横書きの使い分け」など、日本語特有の DTP の要件を詳細に定めています。

Requirements for Japanese Text Layout
日本語組版処理の要件(日本語版)

https://www.w3.org/TR/jlreq/

仮に日本語に翻訳された内容が正しくても、レイアウトが崩れているだけで雑に見えますし、信頼を失う可能性があります。日本人読者はそういった「見た目」にも細かい方が多く、「神は細部に宿る」というくらいきっちりしたドキュメントや資料を求める傾向が高いのです。これが日本語の怖いところですが、当然と言えば当然でしょう。

高額となるエンタープライズ向け IT 製品だからこそ、カタログ、導入事例、ホワイトペーパー、セキュリティ白書や導入ガイドなどが読みにくい、見にくいということであれば、それだけで製品やサービスの品質自体も疑われることになるのです。

母国語の設計は使いやすいかどうか

これは翻訳業界でも近年大きなトレンドとして存在しますが、日本語の読みやすさを極限まで追い求めることで、各種ドキュメントの Readability や Usability 向上を目指すというものです。日本語に翻訳されていればユーザにとって使いやすさが高まります。

つまり、ただ英語から直訳するのではなく、英語の作成段階からローカライズを意識し、それに基づいて各言語(今回は日本語ですが)に展開するということです。

マーケティング担当者に必須の「マーケティング翻訳」とは

このように、様々なドキュメント類(カタログ、ホワイトペーパー、導入事例、価格表、FAQなど)がすべて「体験品質」で評価が変わってしまいます。意味の正確さと見やすいレイアウト両方を満たさないと、どんなに優れた貴社製品も「最後の一押し」が弱くなってしまいます。

繰り返しになりますが、英語→日本語の直訳、そしてレイアウトの崩れは、貴社製品の評価を毀損してしまう可能性があります。

日本語化とは、単なる言語変換ではなく、日本市場において「貴社がどう伝えるか/どう伝わるか」であり、それが「信頼できるかどうか」の再設計でなければなりません。

まとめ:「翻訳コスト」から「収益を生む日本語版の設計」へ

いかがでしょうか。翻訳はコストであるという見方では、ユーザニーズを見落としてしまう可能性があります。また日本の担当者は当然と考えていても、本社の理解がなかなか得られないというケースも何度も目の当たりにしてきました。ちなみに、日本企業が日本国内で行うビジネスでは、これらの課題は存在しないため、外資系 IT 企業特有のものと言えます。ただ、競合するのは日本企業の製品であるならば、やはり「真の日本語化」というのは避けて通ることができないのではないでしょうか。

重要項目解説
日本語版の価値母国語(日本語)の情報提供はクライアントの購買の確率を上げます(B2C では 76% が日本語情報を選好し、40% は他言語では買う気がない)
購入率向上B2B でも効果は同様。英語に自信のある層でさえ、母国語にローカライズされると購入確率は 4.5 倍に跳ね上がり、特に日本市場では 100% が母国語での購入を好むということです。
日本独自の稟議システム根拠の一つとして日本の英語力は 116 か国中 92 位に落ちており、さらに購買プロセスは平均 13 人もの関係者が存在し、86 %がどこかのプロセスで停滞してしまうと言われています。シンプルに伝わり、理解しやすい日本語をどのように設計するかは、稟議という合意形成プロセスで外すことができなくなっています。
ユーザビリティの向上さらに、日本語は「読みやすさ、見やすさ」まで問われています。デザインやレイアウトなどもそのまま製品自体の信頼につながるのです。

繰り返しになりますが、もはや英語だけで押し切る時代ではありません。日本語で「伝わるように設計された体験」こそが、クライアントの製品検討の土俵に上がり、受注率や販売価格を底上げするのではないでしょうか。海外本社へのレポートでは、「翻訳コストの承認」ではなく、「売上を生むための日本語版作成への投資」として、定量的なビジネスケースを示すのが有効かもしれません。

日本語版へのローカライズ業務は、決してコストセンターではありません。収益を生む、戦略的で重要な投資なのです。

外資系IT企業が日本語化を後回しにすると、商談の入口で機会を失い続けることになります。

ぜひそういった事態を避けるために、貴社のローカライズ戦略を見直してみてはいかがでしょうか。

IR 情報の日英同時開示への対応!海外投資家に応える IR 翻訳 実践ガイド

IR翻訳

なぜ今 IR 翻訳の「やり方」を見直すべきなのか?

2025年4月1日以降、東京証券取引所プライム市場の上場企業にとって大きな変化がありました。それは「決算情報」と「適時開示情報」の日英同時開示が原則となったということです。一部の企業には2026年3月31日までの猶予期間が認められていますが、この大きな変化は、これまでの IR 翻訳のプロセスを根本から見直す機会となります。

【プライム市場の英文開示(2025年4月以降)】英文開示の義務化の対象となる適時開示情報とは何ですか。

https://faq.jpx.co.jp/disclo/tse/web/knowledge8611.html

この制度改正は、単なるルール変更ということではありません。なぜなら、海外投資家が日本語の情報を待つことなく、迅速かつ正確に企業情報を把握できるようにすることで、「海外投資家との建設的な対話」を深化させ、ひいては企業価値を高めることがその真の目的だからです。

しかし、多くの IR 担当者が「現実問題としては、どうやって同時開示を実現すればよいのか?」「限られたリソースで翻訳の質を担保するにはどうすればいい?」といった現実的な課題に直面しています。海外投資家の株式売買金額は年々増大し、2023年には全取引の約6割を占める重要な投資主体となっており、さらにその情報源の約6割が「上場会社の開示資料(英語)」であるという調査結果もあります。

つまり、海外投資家にとっては「迅速で理解しやすい英語情報が不可欠」だと言えますし、企業からすればいかに「スピーディに海外投資家に自社の IR 情報を提供できるかが重要である」ということです。

本記事では、この IR 翻訳の課題を正面から受け止め、そして海外投資家からの信頼を勝ち取るための実践的な知識とノウハウをご紹介します。本制度の背景から具体的な翻訳プロセスの設計、さらには多くの企業が陥りがちな落とし穴とその回避策、そして費用対効果を高める戦略までを網羅し、IR 翻訳に関するあらゆる疑問が解消されることを目指し、貴社が自信を持って IR 翻訳体制を構築できるようにご説明します。

2025年 IR 翻訳ルール徹底解説:何が変わり、どう対応すべきか?

まずは、IR 翻訳における最大の変更点である「2025年ルール」の概要を正確に理解しましょう。簡単にまとめると以下の表のようになりますが、まずはしっかり原則を理解することが重要です。

対象となる情報と開示の原則補足説明
対象決算短信などの「決算情報」と重要事実などの「適時開示情報」が主な対象
原則日本語版と英語版を同時に開示することが求められる
開示チャネル英語版も日本語版と同じく TDnet を通じて開示される。

TDnet に登録することにより、海外投資家が利用する情報ベンダー等にタイムリーに配信され、東証Webサイトの英語サイトにも掲載。これにより、海外投資家に対し公平で充実した情報提供が実現可能に。

なお、基本は「同時開示」が原則ですが、以下の例外も認められています。

※日本語の先行開示: 災害など緊急性が高い場合や、関係者との調整で開示直前まで日本語内容が定まらないなど、やむを得ない理由がある場合は、日本語版を先に開示することが可能です。ただし、その後速やかに英語版をTDnetで開示する必要があります。

※「全文翻訳」は必須ではない: 義務付けられている英語による開示については、重要な部分を抜粋、要約した英語版(サマリー英訳)も認められています。これにより、全ての文書を逐一翻訳するのではなく、海外投資家にとって特に重要な情報を優先的に英語で提供することができます。これは、実務上の負荷を軽減しつつ、海外投資家がスピーディーに情報を把握することを目的とするためです。

英文開示の目的と海外投資家のニーズ

この制度改正は、海外投資家が日本語の情報を待たず、すぐに内容を把握できることを目的としているため、重要なのは「スピーディーに投資家が理解しやすい英語情報を提供する」こととなります。

なお、東証のアンケート調査結果によると、海外投資家の58%が投資判断において「主に上場会社の開示資料(英語)を利用している」と回答しています。また新規投資においては90%が、既存投資先では82%が「四半期に1回以上」英文資料を利用していることが分かっています。

特に決算短信は「英文開示がない場合は投資しない」と回答した割合が最も高く、「必須資料」として最優先で IR 翻訳を進める必要があります。さらに次いで IR 説明会資料、有価証券報告書、適時開示資料も「必須」または「必要」とされており、これらの IR 翻訳も重要だと言えます。

開示タイミングとしては、決算短信と適時開示資料において、日本語との同時開示をしてほしいというニーズが最も高くなっています。

※なお、英文開示はあくまで日本語の開示の「参考訳」との位置付けであり、万が一内容が不正確であったとしても、それ自体は規則違反とはみなされません。一方で、英文の同時開示を実施しなかった場合は、その経緯・原因等に応じて、公表措置等の対象となる場合があります。

スタンダード市場・グロース市場の対応範囲

プライム市場以外の市場に上場している企業も、英文開示の推進が期待されています。

スタンダード市場: プライム市場のような英文開示の義務等はありませんが、海外投資家から投資を呼び込み、企業価値向上につなげる観点から英文開示が有用です。

グロース市場: 英文開示の義務やCGコードの原則の対象とはなりませんが、例えば、将来の成長の実現に向けて資金需要がある場合などは、海外投資家から投資を呼び込み、成長につなげるためにも英文開示が有用であると考えられます。

スタンダード市場・グロース市場の対応

英文開示実践ハンドブック(日本取引所グループ)から抜粋

https://www.jpx.co.jp/equities/listed-co/disclosure-gate/

英文開示実践ハンドブック: 英文開示に関する上場規則、計画立案、翻訳外注、機械翻訳活用など、詳細なノウハウが網羅されています。

https://faq.jpx.co.jp/disclo/tse/web/knowledge8463.html

優先順位付けが成功の鍵!IR 資料別の翻訳計画

さてこれまで見てきたように日英同時開示するための第一歩は、IR 翻訳が必要な資料を「必須」「推奨」に明確に区別し、優先順位をつけて翻訳計画を立てることです。

必須資料と推奨資料一覧

重要度資料の種類補足説明
必須資料決算情報
(決算短信)
サマリー情報東証より英文開示様式例が公表されており、主要な経営指標は金融庁の EDINET タクソノミ英文(以下「タクソノミ英文」)準拠となっています。

社名、代表者名、問い合わせ先、日付情報などの英語表記を事前に決めておくことで効率的に作成できます。
財務諸表XBRL の英文ラベル(タクソノミ英文準拠)が設定されています。

日本語開示書類の作成支援会社が提供する英文ラベル表示機能を活用することで作成が可能です。
定性的情報各社で記載内容が異なるため翻訳が必要ですが、使う可能性のある文言は前広に訳例を準備したり、単発的な非定型文言は外部委託を活用することが効率的です。

前年度分をあらかじめ英文化しておくことも、期間短縮や作業負荷低減に役立ちます。
財務諸表注記専門性が高いですが、定型文言は訳例を準備することで効率的に作成できます。

前回の記載内容を踏襲することが多いため、2回目以降は作成期間の短縮が可能です。
非定型文言は外部委託を検討することが考えられます。

また、初回の作成期間の短縮と作業負荷低減のため、前年度分を事前に英文化しておくことも一案です。
決算情報
(決算補足説明資料)
数値更新中心の定型範囲と、定性的情報が更新される非定型範囲に分類でき、図表が多いのが特徴です。

全文での日英同時開示が難しい場合の経過措置として、概要をまとめたページのみを英文の「サマリー版」として日本語と同時に開示し、全体版は翌日以降に開示する「2段階開示」ができる資料構成にしておくことが推奨されます。

また、レイアウト変更が発生するため、元のデータを修正しやすいフォーマットにしておくことが重要です。
適時開示資料東証の英文開示様式例をベースに作成できる定型的なものは、訳例を準備しておくことで効率的に IR 翻訳が可能です。

突発的な開示に備え、過去の同様の案件を事前に英文化しておくことも有効です。

日本語のボリュームが多い場合は、海外投資家が事案の概要を把握できる程度に要点を絞ったサマリー英訳も認められています。
推奨資料統合報告書これらの一連の資料は、投資家が企業の長期的な戦略や ESG への取り組みを深く理解するために不可欠であり、積極的な開示は企業価値向上に直結します。

東証は、招集通知の英訳に努めること、開示書類のうち必要とされる情報を合理的な範囲で英語開示を進めることを CG コードで推奨しています。
有価証券報告書
株主総会招集通知
コーポレートガバナンス報告書
IR 説明会資料
ESG 報告書
サステナビリティレポート

まずは必須資料を優先的に準備しましょう。また、必須資料の同時開示体制が整ったら、次に以下のような資料の英語版を段階的に整備していくことをお勧めします。

IR翻訳の段階的ステップ

海外投資家に読まれる IR 翻訳の極意:Plain English の実践

これまでご説明した通り、IR 翻訳の重要性はますます高まっています。だからこそ、ただ IR 翻訳をするだけでなく、海外投資家がストレスなく読める情報を提供することが重要です。

その鍵を握るのが「Plain English(平易な英語)」の原則です。

これは、米国の証券取引委員会(SEC)が推奨している開示文書の書き方で、「誰にでも理解できる、シンプルで簡潔な表現」を徹底することを意味します。

A Plain English Handbook: How to Create Clear SEC Disclosure Documents

https://www.sec.gov/about/reports-publications/newsextrahandbook

Plain English を実践するための具体的なヒント

Plain English のポイント

Plain English で書かれた IR 資料は、海外投資家にとって非常に読みやすく、企業の透明性や誠実性を高めることにつながります。

一方で海外投資家は、多少訳質が悪くても、提供タイミングが遅れないことを好む場合もあるため、正確性が担保された上で、投資判断に影響のないレベルであれば厳格な表現の整合性よりもタイムリーな情報発信を優先する考え方も重要です。

安定した IR 翻訳を支える3つの土台

品質とスピードを両立させるためには、場当たり的な対応ではなく、しっかりとした体制を構築することが不可欠です。以下の3つの要素が、安定した IR 翻訳を支える土台となります。

1. 専門用語の統一:ブレない表現で信頼を築く

「会計」「ガバナンス」「ESG」といった重要なキーワードや、専門用語などを日英で統一し、専門用語集として管理します。これにより、担当者や外部ベンダーが変わっても、一貫した表現を維持することができます。

IR 翻訳において、固有名詞の調査や各ドキュメントでの用語の整合性の確認は多くの時間が必要となります。専門用語集には、固有名詞(氏名、部署名、役職名、商品名など)、業界用語・専門用語、会社独自のフレーズ・スローガン、勘定科目(タクソノミ英文にない独自の科目)などを優先的に登録し、定期的にアップデートすることが重要です。翻訳会社によっては用語集の構築自体を請け負っているケースもありますので事前準備としても依頼をしてもいいでしょう。

2. 効率的なプロセス設計:スムーズなワークフロー

IR 翻訳は単なる「文字の置き換え」ではありません。以下のような効率的なプロセス構築を行うことで、品質とスピードを両立することができます。

効率的なプロセス設計

スピードと品質を両立させる「IR翻訳」テクノロジーとテクニック

「日英同時開示」を実現するには何と言ってもスピードが命です。ここでは、IR 翻訳の効率を劇的に改善するツールとテクニックをご紹介します。

翻訳メモリシステム(TMS)の活用

Phrase などの翻訳メモリシステムは、過去に翻訳した文章のデータベースです。これにより、定型的な文章や一度翻訳した表現を再利用することができ、IR 翻訳の時間短縮と表記揺れ防止に役立ちます。前述の専門用語集と連携させることで、さらに効果を発揮します。CAT(Computer Assisted Translation)ツールと組み合わせて使用することで、過去訳の踏襲を促し、統一性を保つことができます。

AI 翻訳+ポストエディット(PE)の導入:AI+PE プロセス

AI 翻訳は精度が飛躍的に向上しており、特に定型的な表や注記、パターン化された説明文などの IR 翻訳に非常に有効です。

差分運用の徹底

前期の開示資料と当期の資料を比較し、変更された部分(数値、日付、固有名など)を特定して優先的にレビューしましょう。これにより、無駄なチェック作業を省き、ピーク時の工数を大幅に削減できます。日本語原稿が確定する前に IR 翻訳を開始し、差分を反映していくという進め方が、日英同時開示では必要不可欠となります。

機械翻訳活用の具体的なコツ

機械翻訳システム自体の精度はもちろんですが、より重要なのは原文の品質です。原文の曖昧性が高いと意味を取り違えてしまうケースもあります。日本語の原稿段階で、主語を明確にする、文を短くする、曖昧な表現を避けるなど、曖昧性をなくすような「翻訳の前処理作業」を行うことこそ、人力翻訳、機械翻訳のいずれにおいても品質を上げる確率を高めます。

IR 翻訳の年間スケジュールと回避すべき落とし穴

効率的な IR 翻訳のタイムライン(例)

開示希望日から逆算し、綿密なスケジュールを策定することが重要です。

ガントチャート

多くの企業が陥りがちな落とし穴と回避策

IR 翻訳において多くの企業が勘違いしてしまうケースをご紹介します。

誤解落とし穴
「全文翻訳が必須」という誤解制度上はサマリー英訳も認められているにもかかわらず、「全てを翻訳しなければならない」と誤解し、無駄な工数をかけてしまう。投資家が最も関心を持つ「要点」を絞り込み、サマリー英訳を戦略的に活用する。

東証もサマリー英訳を認めている。
翻訳会社にすべて丸投げして企業としての資産が残らないIR翻訳業務を外部委託する際、作成された用語集や翻訳メモリが自社の資産とならず、毎回ゼロからやり直すことになる。契約段階で「用語集や翻訳メモリの帰属と維持」を明確に定め、これらの資産を自社で管理し、継続的に活用できる体制を構築する。
レビューが「言い回し」の修正に偏るIR 翻訳のレビューが、数値や固有名詞といった客観的な情報のチェックよりも、個人的な「言い回し」の好みに終始してしまう。まず数値や日付などの機械的な突合作業を完了させ、レビュー担当者は「論旨が正確に伝わっているか」といった本質的な部分に集中できるようにする。

関係者で IR 翻訳の方針や「やらないこと」を事前にすり合わせ、認識を統一することが重要

開示前の最終チェックリスト

開示前に以下のポイントを確認することで、品質と確実性を高めることができます。

チェックリスト

翻訳の納品物の最終チェック項目

納品された IR 翻訳は、以下のポイントを重点的に確認しましょう。

チェック項目
数値の正確性投資家が最も重要視する部分です。

数値、マイナス表記、単位表記(円/yen、thousand/million/billion)、パーセント数値の変動表現、期間表記(累計期間VS会計期間、期間表記VS期末表記)、増減表記(キャッシュフローなど)、日本語原稿は変更ないが翻訳は更新が必要な数値(当年度/前年度)などを細かく確認します。
勘定科目、その他用語の正確性・統一性金融庁の EDINET タクソノミとの合致、利益・損失の確認、勘定科目間の単語統一(associate/affiliate、stock/shareなど)を行います。

会社名、氏名、組織名、役職名、標語、セグメント名、商品名などの固有名詞の統一性も重要です。
誤訳・訳抜け原稿にある内容が翻訳されていない、または原稿の意図と異なる翻訳になっていないかを確認します。
最終レイアウトレイアウトなどを含め全体的に確認します。

翻訳会社を賢く活用する IR 翻訳のポイント

日英同時開示に向けては、社内のリソースだけでは対応が難しい場合が多く、外部の翻訳会社を賢く活用することが不可欠です。

翻訳会社の選定

IR 翻訳を依頼時の Translation Kit の準備

IR翻訳の品質と納期を確保するために、依頼時には以下の点(Translation Kit)を準備し、明確に伝えましょう。

項目詳細
翻訳原稿と範囲の明確化文字認識できる電子データ(Microsoft WordやPPT推奨)で原稿を準備します。

部分的な翻訳を依頼する場合は対象化をハイライトやコメントで範囲を明確にします。
翻訳方針・参照資料の共有専門用語集、スタイルガイド、過去の翻訳(前年度版など)、その他の開示書類などを事前に提供し、参照の優先順位も伝えます。
翻訳スケジュールの提示開示希望日から逆算し、日本語原稿の確定時期、IR翻訳開始時期、レビュー期間、納品希望日などを綿密に策定し、翻訳会社と共有します。

特に、決算短信や招集通知のIR翻訳作業がピークを迎える時期は、直前の依頼では希望どおりの対応ができない可能性も出てくるため、年明け前から相談するなども必要になります。

リスクヘッジのための IR 翻訳の免責文

なお、IR 翻訳の正確性を100%保証することは難しく、誤訳による訴訟リスクなどを懸念する企業も少なくありません。こうしたリスクをヘッジするために、免責文言(disclaimer)をIR 資料に記載することも有効です。

特に、対象の英文開示は参照用に準備していること、仮に英文と日本語で開示内容に相違がある場合は日本語原文が情報として正しいこと、IR 翻訳に伴うエラーが発生する可能性があるため完全な正確性を保証できないこと、といった内容を明記することは、海外投資家の注意を喚起する上で重要です。機械翻訳を使用している場合は、その旨を明示することで特有の誤訳やエラーの可能性を伝えることができます。

免責文言の文例は、JPX English Disclosure GATE 等でも公開されています。免責をつけることで、海外投資家の手間を軽減しつつ、企業の開示意欲を示すことにもつながります。

IR 翻訳は「制度対応」と「信頼の文体」の両輪で対応

いかがでしたでしょうか。IR 翻訳のゴールは、単に「期日までに英語の資料を出すこと」ではありません。その先の、「海外投資家との強固な信頼関係を築くこと」にあります。

2025年ルールという制度の一次情報を踏まえて、まずは確実に同時開示できる体制を構築する。そして、「Plain English」の原則で読み手の負担を減らし、安定したプロセスで「再現性のある運用」を継続する。さらに、機械翻訳などの最新技術を賢く活用し、日本語原稿の作成段階から IR 翻訳を意識した工夫を凝らすことで、スピードと品質を両立させることができます。これこそが、投資家と企業の対話力を高め、ひいては中長期的な企業価値の向上につながるのです。

今回ご紹介した情報が、貴社の IR 翻訳体制構築の一助となり、海外投資家との建設的な対話がさらに深まることを期待しております。また IR 翻訳に関する疑問が解消され、貴社が自信を持ってグローバル市場での情報発信に臨めるよう、今後も継続的な情報提供に努めてまいります。

もし、貴社の IR 翻訳体制について、より具体的なご相談や個別課題への対応をご希望でしたら、お気軽に弊社にご相談ください。貴社の状況に応じた最適なソリューションをご提案し、IR 翻訳の成功をサポートいたします。

財務諸表の翻訳(英訳)サービス

その事例「お蔵入り」していませんか?「読まれる事例」から「営業が使いたい事例」へ成果を最大化する新常識『エビデンス・オプス』とは

evidenceops

「多大なコストと時間をかけて顧客インタビューを実施し、ようやく導入事例を公開した。しかし、営業現場でどれだけ活用されているのか、そして、本当に売上に貢献しているのか、自信を持って答えられない…」

IT企業のマーケティング担当者様なら、一度はこんな悩みを抱えたことがあるのではないでしょうか?事例制作における「コスト」「納期」「取材アポの調整」といった課題は、実は「表面的な症状」に過ぎません。

本当の課題は営業の成果に直結する「勝てる証拠」としての導入事例を、継続的に供給・再利用できる仕組みがないことなのです。

本コンテンツでは、この根深い課題を解決し、事例制作の投資対効果を最大化する新アプローチ『Evidence Ops(エビデンス・オプス)』について、具体的なステップと共に解説します。

なぜ、今までのやり方では通用しないのか?

まず初めに、従来の「作って終わり」の事例制作では成果が出にくくなってしまっている原因のひとつに BtoB 購買プロセスの劇的な変化があります。

BtoBの購買プロセスは、もはや「一本道」ではない

現代のBtoBにおける購買は、マーケターが想定するような綺麗な一本道(ファネル)ではありません。Gartner 社の調査によれば、平均で6~10名程度の意思決定者が、それぞれ4~5個の情報ソースを持ち寄り、行ったり来たりしながら検討を進めている、というのが現実です。

https://www.gartner.com/en/sales/insights/buyer-enablement

つまり、買い手の 約 77 %が「製品やサービスの購入は非常に複雑で困難だ」と感じているのです。

https://www.gartner.com/en/sales/insights/b2b-buying-journey

買い手は「自分で調べたい」と考え、営業担当の出番はごく僅かになっている

さらに、買い手は自ら情報を集めて主導権を握りたいと考えています。これは驚くべき数字ですが、実に買い手の 75%が「営業担当者を介さない購買体験を好む」と回答しており、実際に、買い手が購買活動に費やす時間のうち、ベンダーとの対話に使われるのは、わずか17% というデータもあります。

https://hbr.org/2022/01/sensemaking-for-sales

つまり、営業が接触する前の「自己学習フェーズ」で、いかに信頼できる「証拠(実績)」を提示し、検討の土台に乗せてもらえるかが勝負の分かれ目となるのです。

マーケットの95%は「今すぐ客」ではない

また忘れてはならないのが、「95-5ルール」です。マーケットにいるターゲットのうち、今すぐ購入を検討している層はわずか 5%と言われており、残りの95%は、まだ具体的な検討段階にはいない状態です。

https://business.linkedin.com/marketing-solutions/b2b-institute/b2b-research/trends/95-5-rule

この大多数を占める「検討段階にない層」に対しては、彼らの課題に気づきを与えるよう示唆に富んだコンテンツを提供し、具体的な検討のタイミングが来た時に、事例やROIデータといった「稟議を通すための素材」を迅速に手渡す、といった流れを作っておく必要があります。この2段構えの戦略こそ、重要なプロセスとなります。

貴社の事例制作における「3つのギャップ」

この厳しい現実に対し、多くの企業の事例制作プロセスには 3つの大きなギャップが存在します。

ギャップの種類具体的なギャップ
コンセプト ギャップ導入事例を「美しい読み物」として捉えており、「顧客の購買プロセスを前に進めるための証拠となる集合体」という視点が欠けている
一度作ったら様々な部署(経営層、事業部、営業、IT部門など)で再利用されるという前提がない
プロセスギャップ法務、広報、営業、カスタマーサクセスといった関係部署の承認が伝言ゲームのようになってしまい、必要以上に時間がかかる
「このROI、本当に達成したの?」といった数値へのフィードバックに対する根拠がきちんとまとめられておらず、手戻りが多くなっている
グローバル本社と日本支社で、顧客の「実名公開」に対する許諾のハードルが異なるにも関わらず、共通のテンプレートや合意形成のプロセスがない
事例の完成後、営業がすぐに使える「提案書用の抜粋スライド」や「メール添付できる1枚資料」への展開や提供が後手になっている
ツール ギャップCRMやCSツール内に眠っている「顧客の利用率」「満足度」といったいわば宝の山とも言えるデータが、事例制作のインプットとして活用されていない
事例の権利情報、許諾期限、改訂履歴などがバラバラに管理され、いざ再利用しようとすると「このロゴ、まだ使っていいんだっけ?」といった確認に多大なコストがかかっている

このように、これらのギャップが積み重なり「作ったはいいが、使われない」事例が量産されてしまうのです。

マーケ担当者が本当に欲しいのは「仕組み」

では、マーケティング担当者は本当のところはいったい何を求めているのでしょうか。それは、「単なる美しい事例記事」ではないということです。

仕組みポイント
営業が実際に使用できる「証拠/実績」の継続的な供給マーケティング施策(MQL)から商談(SQL)、そして受注へと、導入事例がどう貢献したのかをきちんと追跡できる
承認プロセスと法務リスクの最小化数値による主張の根拠を明確に管理し、社内承認をスムーズにすること。
また、「実名/匿名」の両パターンを戦略的に使い分け、許諾のハードルを下げること
買い手の心に響く「形式」にする「短さ」こそが正義:67%の買い手が「短いコンテンツは価値がある」と回答。
「共有しやすさ」が拡散を生む:共有リンクや、SNSで引用しやすい統計データが効果的。
最適な届け方:LinkedIn(84%)、Eメール(78%)、社内コラボツール(60%)が主要な配布経路。
顧客の検討ステージに合わせた資料の提供検討の中盤では、具体的なケーススタディ(78%)が最も有効。
検討段階の終盤では、製品デモ(77%)、ユーザーレビュー(63%)、ROI計算ツール(60%)といった、より具体的な意思決定材料が求められる。

これらのニーズを満たすためには、導入事例を単発の「制作物」として捉えるのではなく、「顧客の実績を事業資産として運用する」という発想の転換が必要となります。

解決策:『エビデンス・オプス』(Evidence Ops)

ここからが本題となりますが、これらの課題を根本から解決するアプローチとして『エビデンス・オプス』(Evidence Ops)をご紹介します。

この概念は、単に導入事例を作るだけでなく、「顧客の成功実績(エビデンス)の発見 → 制作 → 承認 → 配信 → 計測 → 改善」までを一気通貫で管理し最適化する「仕組み」です。

なお、ここでの「エビデンス」とは、単なる導入事例の記事だけを指すのではありません。

定量的な導入効果(ROI、コスト削減率、生産性向上率など)、お客様からの評価コメント(お客様の声、推薦文)、権威ある第三者からの評価(アナリストレポート、受賞歴)、顧客企業のロゴ、満足度調査のデータなどいわゆる、「お客様が貴社を選んで成功した」という客観的な事実のすべてが含まれます。

エビデンス

そして『エビデンス・オプス』は、これらの価値ある「エビデンス」を一連のサイクルを組織的に回していくための、新しいマーケティングのアプローチとなります。

プロセス

具体的な8つのステップをご紹介します。

Evidence Ops 8 steps

「エビデンス・オプス」の KPI

エビデンス・オプスを導入することで、マーケティング活動の成果は具体的な数値として現れるようになります。以下は各評価のためのチェックリストとなります。

成果項目詳細
SQL化率の向上導入事例をリクエスト、ダウンロード等をした見込み客は、そうでない層に比べてどのくらい商談化率が高いか?
検討期間の短縮導入事例を提示した案件は、そうでない案件に比べて検討期間がどのくらい短くなるか?
受注率の向上同業・同規模の「自分ごと化」できる事例を提示することで、受注率がどれだけ上がるか?
営業ツールとして営業担当による導入事例素材の再利用(提案書への引用、メールへの添付)回数は?
許諾資産の増加匿名での許諾から実名公開へとステップアップした顧客の割合や、期限切れで使えなくなる資産の削減率

これらのKPIを追いかけることで、導入事例制作がただのコストセンターではなく、明確な成果を生み出すプロフィットセンターへと生まれ変わります。

まとめ:「読まれる事例」から「営業が使いたい事例」へ

BtoBの購買はますます複雑化し、買い手はより多くの実績をはじめとしたエビデンスを求めています。もはや、導入事例は単なる「読み物」ではありません。営業担当が顧客の心を動かし、「稟議を通す」ための強力なツールです。

導入事例を、最も効果的なタイミングで、最も効果的な相手に届けるための運用ステップがエビデンス・オプス(Evidence Ops)です。

ただ作って終わりの導入事例ではなく、その先の成果に直結する「勝つための貴社の資産」という位置づけにすべきです。

弊社では、単に美しい事例を制作するだけではありません。貴社のビジネス成果に貢献するため、エビデンス・オプスというコンセプトから導入事例の企画、改善、運用までをワンストップで支援しております。

IT分野専門の導入事例制作サービス

日本市場でリードの質を最大化する:外資系IT企業向けABM×ローカリゼーション実装ガイド

ABM×ローカリゼーション

外資系IT企業のマーケティング業務では、グローバルで設定されるKPIと、日本市場特有の現実との間で、常に難しい舵取りを要求されます。本社からはMQL(Marketing Qualified Lead)の「量」を問われ、一方で国内の営業チームからはリードの「質」に対する厳しいフィードバックを受けます。これは、多くのマーケティング担当者にとっても「あるある」であり、且つ今も直面する共通の課題です。

この状況を打開する鍵は、マーケティング戦略の抜本的な転換にあります。闇雲にMQLの量を追うのではなく、本当にアプローチすべき企業(アカウント)と担当者(キーパーソン)に狙いを定め、商談化への歩留まりを極限まで高めるアプローチです。すなわちそれこそが「アカウントベースド・マーケティング(ABM)」となります。

今回は、客観的なデータと実践的なフレームワークに基づき、日本市場で成果を出すための「アカウントベースド・マーケティング(ABM)」とそれを支える様々な「ローカリゼーション」の具体的な実装方法を解説します。これは、限られた予算内で費用対効果を最大化し、質の高いパイプラインを創出するための戦略でありロードマップとなります。

日本市場の「動かせない前提条件」を理解する

効果的な戦略を立案するためには、まずマーケティング活動自体が置かれている客観的な状況や環境を正確に把握する必要があります。以下のデータは、なぜ今、日本市場で「量より質」への転換が不可欠であるかの理由となりますが、これはまさに「動かすことのできない厳然たる事実、前提条件」となっている「定数」であるため、無条件で受け入れなければなりません。

世界的に引き締められるマーケティング予算

Gartner 社の調査によれば、グローバルでのマーケティング予算は 2024年時点で売上比の 7.7% と、コロナ以前の水準を下回る低位で推移しています。これは、マーケティング部門が「より少ない予算で、より大きな成果」を求められる「精度重視の戦い」を強いられていることを意味しています。

(出典: Gartner, “The Annual Gartner CMO Spend Survey, 2024”)

https://www.gartner.com/en/newsroom/press-releases/2024-05-13-gartner-cmo-survey-reveals-marketing-budgets-have-dropped-to-seven-point-seven-percent-of-overall-company-revenue-in-2024

日本市場特有のハードル

日本貿易振興機構(JETRO)の調査では、日本に拠点を置く外資系企業が直面する課題として、依然として人材の確保、言語の壁、煩雑な行政手続きが上位に挙げられています。これらは、日本の商習慣、特に「稟議」に代表される多段階の意思決定プロセスへの適合が、ビジネス成功の鍵であることを示唆しています。

(出典: JETRO, “2023年度 日本に進出する外資系企業の景況感に関するアンケート調査”)

https://www.jetro.go.jp/ext_images/_News/releases/2024/fee004b83b66c3b4/202403.pdf

また、この点についてはより詳細の記事でご説明をしておりますのでそちらをご覧ください。

なぜ海外で成功したマーケティング施策が日本では失敗するのか?データで見る5つの要因

ABM に最適なチャネル LinkedIn

日本でのビジネスSNSの代表格といえば LinkedIn ですが、2025年初頭の時点で LinkedIn の日本国内の「会員」数は490万人と言われています。

この LinkedIn の広告リーチは成人人口の約4.6%(2025年1月時点)であり、他のSNSに比べて少ないいのですが、その最大の強みは企業名や役職でのターゲティング精度の高さと言われています。これは、まさにABMが求める「少数精鋭」へのアプローチに最適なチャネルと言えます。

(出典: DataReportal, “Digital 2025 Japan”)

https://datareportal.com/reports/digital-2025-japan

Cookieレス時代への移行と対策

Google Chrome におけるサードパーティCookieの段階的な廃止はもはや避けることができません。代替API(Privacy Sandbox)の導入は進んでいますが、不安定な外部データに依存するのではなく、今後は自社サイトで同意に基づいて取得するファーストパーティデータを軸とした計測こそが、最も確実で安全な戦略となるでしょう。

(出典: Google, “The Privacy Sandbox timeline for the web”)

https://privacysandbox.com/intl/eng/open-web/#the-privacy-sandbox-timeline

アカウントベースド・マーケティングで最短距離を

以上のように、上記の4つの「動かせない事実」から導き出される、日本市場における外資系ITマーケティングの最適解となるのは「ABM(誰に)」×「日本語への深い最適化(何をどう言うか)」×「ファーストパーティデータ計測(どう測る)」の三位一体のマーケティング戦略です。

この方程式こそが、限られた予算で費用対効果を最大化する“最短距離”となります。

成果の定義を“量”から“質”へ移行する

前述のように、グローバルで標準化された「量」中心の KPI から脱却し、日本でビジネスを成功させるために、「質」の指標を再構築することが急務であることは明白です。

次の表では、マーケティングを量から質へ転換する際の再定義と指標になります。

実践項目説明
KGIの再定義最終的なゴール(KGI)を「MQL件数」から「新規パイプライン創出金額」と「商談化率」に設定

※これらの数値は、マーケティング活動がビジネスの売上にどれだけ直接貢献したかを測る、最も重要な指標
KPIの再設計KGIを達成するための中間指標(KPI)は、以下のように、「質」を問うものへシフトさせる
ターゲットアカウント内MQL比率全MQLのうち、事前に定義したターゲット企業からのMQLが占める割合。

※マーケティング投資の効率性を示します。
MQA率(Marketing Qualified Account)ターゲットアカウント内で、複数のキーパーソンが意味のあるエンゲージメント(Webサイト訪問、資料DL等)を示した割合。

※アカウント単位での興味関心の高まりを計測
MQL→SQL転換率マーケティングが創出したリードが営業部門によって商談(SQL: Sales Qualified Lead)として認定された割合。

※営業との連携精度を示すことが可能
平均商談単価マーケティング経由で生まれた商談の平均金額。

※高価値案件の創出能力を示します。
日本独自の用語定義本社で使われるMQLの定義をそのまま適用するのではなく、「ターゲットアカウント内の部長職以上からの問い合わせのみを“質のMQL”として定義する」など、日本市場の現実に即した用語と閾値を再定義し、営業チームと公式に合意します。

この内容は、本社へのレポーティングにおいても有効な手段となります。グローバル共通の「量」のKPIと並記する形で、日本独自の「質」の KPI とその成果を示すことで、日本市場における戦略の妥当性をデータで証明できます。

「本社と日本のズレ」を仕組みで解消する

外資系企業のマーケティング活動において、本社が策定した「グローバルプレイブック」と日本市場の実態とのギャップを埋める作業は避けて通れません。この“ズレ”を放置したままでは、いかなる施策も効果を最大化することはできないからです。

理想と実態のギャップと修正案

以下のような一覧を作成し、修正に着手します。また現場で散見される典型的な“ズレ”とその対策案はチームとして対応するようにしましょう。

プレイブック計画日本市場の実態課題改善策
コンセプト迅速な意思決定 / 短期でのクロージング稟議・多段階承認・関係部署との合意形成文化育成(ナーチャリング)期間が想定より長引き、失注と判断される段階的な合意形成をゴールに設定する

各部門のキーパーソンを説得するための材料を個別に用意する
プロセスMQLの大量獲得 → インサイドセールスへ自動配賦ターゲットアカウントを限定し、深く耕作することが有効量を追うあまり、ターゲット外のリードばかりが増え、営業の疲弊と歩留まりの悪化を招くABMを最優先とし、ターゲットアカウント内でのエンゲージメントを評価するKPI(MQAなど)を導入する
ツール英語版 LP+グローバル標準のMA(マーケティングオートメーション)日本語特有の同意文言 / 姓名の入力順 / 全角半角問題 / 厳格な個人情報保護への意識・フォームからの離脱率が高い
・データが文字化け・欠損する
・法的リスク
日本語に最適化された入力フォームを導入。

CMP(同意管理プラットフォーム)を実装し、ファーストパーティデータ計測を徹底

ちなみに、このギャップの根深さは、前述の JETROの調査でも「言語・コミュニケーションの壁」「日本独自のビジネス慣行への対応」が継続的な課題として指摘されていることからも明らかです。これは精神論ではなく、仕組みで解決しなければならない問題です。

理想的な顧客像(ICP)と「購買影響者マップ」を具体化する

ABMの成否は、アプローチ対象となる「誰に」の解像度で決定します。理想的な顧客像(ICP: Ideal Customer Profile)をデータに基づいて定義し、その組織内に存在するキーパーソンたちの役割と関心事を具体的にマッピングすることが大変重要です。

説明
ICPのスコアリング「従業員1,000名以上の製造業」といった曖昧な定義ではなく、より具体的な要素でスコア化を行います。業種 × 従業員規模 × 既存システムのレガシー度 × 規制対応の負荷 × 既存のクラウド利用状況(競合/協業)
日本のB2Bビジネスにおける「4つの関門」エンタープライズITの導入検討プロセスにおいて、特に次の4部門が重要な購買に関する影響者(あるいはブロッカー)となる傾向があります。
IT部門:・既存システムとの連携性
・運用負荷
情報セキュリティ部門・セキュリティポリシーへの準拠
・インシデント対応
事業部門(ユーザー)・業務課題の解決
・投資対効果(ROI)
調達部門・価格の妥当性
・契約条件
役割別のコンテンツの言い換え同一の製品・サービスであっても、訴求相手の役職やミッションに応じて、響くメッセージは全く異なります。一つのテーマに対し、複数の「切り口」のコンテンツを用意することが求められます。CIO/IT役員向け投資対効果(ROI)を金額で示すエグゼクティブサマリー
情報システム部長/担当者向け既存システムとのアーキテクチャの適合性を示す技術資料
法務/コンプライアンス担当向け個人情報保護法やデータの越境や移転に関する遵法性をまとめたドキュメント
調達担当向け競合製品との機能比較表や標準的な契約条件のひな形

これらの資料を事前に整備しておくことは、営業部門が各ステークホルダーとの折衝を円滑に進める上で強力なエンジンとなります。「真のローカライズをしなければ各ステークホルダーには届かない」というのは説明するまでもありません。

チャネル設計:最適な布陣でターゲットを囲い込む

ペルソナが明確化されたら、次はその対象者が存在する/閲覧するメディアを特定し、効果的なアプローチを行うためのチャネル設計を行います。各チャネルに明確な役割を分担させることが成功の鍵となります。

ツール役割戦術
LinkedIn【認知/興味】

ターゲットアカウント内のキーパーソンに対し、「〇〇といえば」の第一想起を獲得する。
ABMリストを活用し、「企業×役職×業界」で精密なターゲティング設定をします。

「課題提起型」と「解決策提示型」の広告クリエイティブのABテストを行い、エンゲージメントを最大化し継続
Eメール(比較検討の中層戦):【比較検討】

自社を認知した潜在顧客を、具体的な検討フェーズへと引き上げるための地上戦となります。
MAツールを用い、エンゲージメントレベルに応じてセグメント化されたメールを配信。

件名には目的・所要時間・得られる価値などを明記し、開封率アップを促進
イベント(ウェビナーや少人数ラウンドテーブル)【意思決定の最終戦】

最終的な疑問点を解消し、導入を後押しするクロージングの場を設定します。
認知獲得を目的とした大規模なウェビナーと、ターゲットアカウントの役職者限定のクローズドなラウンドテーブルを使い分けます。

参加者には「稟議書などの資料」や「費用対効果の試算シート」を提供し、社内での意思決定プロセスを支援。
自社サイト【全ての情報のハブ/信頼の砦】

全てのチャネルからの訪問者を受け止め、信頼性の高い一次情報を提供する本丸
CMPを導入してユーザーの同意を明確に取得し、Google Tag Manager 等を活用してサーバーサイド計測へ移行します。

これにより、ブラウザの制限に影響されにくい、正確なファーストパーティデータを蓄積する基盤を構築することができます。

これらのチャネル設計は、DataReportal 「LinkedIn の精密なターゲティング能力」と、Privacy Sandbox 公式「Cookie 移行期の技術要件」の両方を満たす、現実的かつ効果的なアプローチとなっています。

ローカリゼーションで「品質を成果に変換する」

クリエイティブでも広告でも、アプローチする際の広義のコンテンツは、どうしても本社から提供されるものが多くなるため、それらをいかに「日本の顧客に伝わりやすい」コンテンツに仕上げるかが大変重要です。

精緻に作り込まれたコンテンツの品質を、具体的なビジネス成果(=商談)に変換するための重要な「仕組み」として捉え、進めていく必要があります。

スキーム
事業KPIと連動した品質管理用語集やスタイルガイドの整備に留まらず、その品質評価をマーケティングの KPI と直接接続させます。

ローカライズしたホワイトペーパーの読了率(ヒートマップツール等で計測)、各種申請資料のダウンロード率、ウェビナー後のアポイント獲得率など
これらの数値が低い場合、翻訳の自然さや、日本の読者の関心事とのズレなど、品質に起因する問題が潜在している可能性を示唆します
翻訳支援ツールと人間の協業翻訳メモリ(TM)、用語ベース、生成AIといったテクノロジーは、翻訳のスピードと一貫性の向上に大きく貢献します。

しかし、最終的な品質、特にビジネスの文脈におけるニュアンスの判断は、市場を深く理解した人間の編集者・レビュアーによるレビューが不可欠です。これが「品質を成果に変換する」ための最後の砦となります。

無料版の AI 翻訳を使ったら訳抜けだらけだったとか、AI 翻訳後、チェックせずにそのまま公開/発信してしまったという話はよくお聞きします。決して AI は万能ではないからこそ、その前後で品質を担保する必要があります。

「7.7%」時代のリアルな予算配分モデル

冒頭にあった Gartner 社が示す「売上比 7.7%」という厳しい予算環境の中で、質を最大化するための予算配分モデルの一例を以下に示します。(あくまで一例)

配分
40%(400万円)
ABM媒体費
主に LinkedIn 広告。

ターゲットアカウントリストへのリーチを最大化し、質の高いトラフィックを確保するための最優先投資項目
25%(250万円)
ローカリゼーション & 役割別コンテンツ制作費
ブログ、ホワイトペーパー、動画、導入事例、稟議書等の資料など、役割別に最適化されたコンテンツ群の制作費。

翻訳/DTP/デザインだけでなく、日本市場に合わせた企画・編集費用も含む。
20%(200万円)
イベント関連費
ウェビナープラットフォーム利用料、ラウンドテーブル運営費、顧客事例など登壇者への謝礼や関係構築費用など
15%(150万円)
計測/同意/データ基盤整備費
CMPライセンス料、サーバーサイド計測環境の構築・保守費、MA/CRMとのデータ連携費。

正確な効果測定とコンプライアンス遵守のための必須投資

この配分に基づき施策を実行し、四半期ごとにターゲット内 MQL 比率、MQA 率、SQL 化率、平均商談単価といった「質の KPI」で成果をレビューし、次期の予算配分を最適化するサイクルを確立します。(同時に本社へのレポーティングにも活用できる資料として作成します)

※弊社では年間でのローカライズ契約(翻訳、通訳、事例、映像制作、英会話など)やコンテンツ制作も承っております。

外資系IT企業専門コンテンツ制作

90日間での実装ロードマップ

ここまでの戦略を、具体的なアクションプランに落とし込んだ 90日間で構築するためのロードマップ案をご紹介します。これは、実行計画を策定する上での雛形となるでしょう。

Day 0–14戦略定義フェーズ1. 営業チームとのワークショップを通じ、既存の優良顧客(売上、利益率、LTV等)を特定

2. 優良顧客の共通項を分析し、ICP(Ideal Customer Profile)を言語化
※アプローチ対象外とする除外条件(競合、特定の技術環境など)も定義

3. 購買に関わる「四つの関門」(IT/情シス/事業部/調達)のペルソナと関心事をマッピング
Day 15–30コンテンツ準備フェーズ1. 各ペルソナ向けに複数の広告クリエイティブ(役職×メッセージ)を準備

2. 日本語に最適化された(ローカライズ)LP、入力フォーム、サンキューページを制作

3. 法務部門と連携し、同意取得文言を確定、CMPを設定。

4. ダウンロードコンテンツとして、「稟議書PDF」「機能比較表」などを整備
Day 31–60施策実行・改善フェーズ1. LinkedInにターゲットアカウントリストをアップロードし、ABM広告キャンペーンを開始

2. 週次で広告CTR、LPの CVR などをモニタリングし、パフォーマンスを最適化

3. 獲得したリードに対し、MAから育成プログラム(メール配信等)を開始
Day 61–90パイプライン化フェーズ1. エンゲージメントが高いアカウントを対象に、ウェビナーや少人数ラウンドテーブルを企画・実施

2. 営業チームとの週次レビュー会を設定し、MQL から SQL への転換におけるボトルネックを特定

3. 特定された課題(よくある質問、反対理由等)に基づき、FAQコンテンツや追加の説得資料を作成・展開

ケーススタディ:先進企業の取り組み

理論だけでなく、実際の企業による取り組み事例は、自社の戦略を検討する上で多くの示唆を与えます。ここで紹介するのは、全て企業やベンダーが公式に発表している一次情報です。

NEC × LinkedIn(グローバルでの運用統合)

NECは、グローバルでのブランド発信基盤としてLinkedInを統合的に活用。50万人以上のフォロワー基盤を活かし、見込み顧客の育成から顧客化へと繋げる体制を構築しています。企業としてチャネルを統合し、一貫したメッセージを発信することの重要性を示している事例となります。

(出典: LinkedIn Marketing Solutions 公式ケーススタディ)

https://business.linkedin.com/marketing-solutions/case-studies/nec-corporation

NTTPCコミュニケーションズ × HubSpot(営業・マーケティング統合)

同社はHubSpotを導入し、マーケティングと営業のデータを一元化。プロセスの標準化と歩留まりの改善により、施策コストを約2億円削減しつつ、売上は毎年200%成長に貢献したと公表されています。データ統合が具体的なビジネス成果に繋がることを示す、国内の優れたB2Bの成功事例です。

(出典: HubSpot Japan 公式導入事例)

https://www.hubspot.jp/case-studies/nttpc

実務用チェックリスト

日々の業務で活用できるチェックリストも合わせて活用してください。

項目補足説明
定義MQL/SQL/MQAの日本市場における定義を言語化し、営業部門と合意済みか
ABM対象ターゲットアカウントリストが作成され、除外条件まで確定しているか
同意・計測日本語の同意取得テキストは法務部の確認済みか

CMPのログは保全されているか

サーバーサイド計測は実装済みか
資料各役割別(IT/情シス/事業部/調達)の「稟議書等PDF」や「機能比較表」、「費用対効果試算シート」、「FAQ」などが用意されているか
チャネルLinkedIn(ABM)、メール(育成)、イベント(クロージング)の役割分担と、それらを横断する KPI が設計されているか
レビューターゲットアカウント内での KPI(MQA率、SQL化率等)がダッシュボードで可視化され、営業と週次でレビューする仕組みがあるか
法務連携:個人情報保護法やデータの越境移転に関する記述が、自社の公開ポリシー等に基づき、正確な表現になっているか

結論:日本市場を制する鍵は“三位一体”の同期にある

いかがでしたでしょうか。日本市場におけるマーケティングの「質の最適化」とは、

「ABM」×「ローカリゼーション」×「ファーストパーティ計測」

という 3つの要素を同期させることに他なりません。

日本の複雑な意思決定プロセスと、厳しい法務・セキュリティの関門を“障害”と捉えるのではなく、“攻略すべき市場のルール”と捉え直します。そして、その攻略に必要な役割別の説得材料と、稟議や上申に使えるデータや資料を、顧客が求める前に先回りして提案していきます。

このアプローチによって初めて、ターゲット外のノイズから解放され、本当に価値ある商談に集中することが可能です。本社からのプレッシャーや営業との軋轢といった課題は、多くのマーケティング担当者が体験するものですが、データとロジック、そして日本市場への深い理解に基づいた ABM 戦略によってその状況を打開することができるのではないでしょうか。

なぜ海外で成功したマーケティング施策が日本では失敗するのか?データで見る5つの要因

日本市場のマーケティング施策

グローバル施策と日本市場での現実のギャップ

「本社では大成功だったのに、なぜ日本ではうまく行かないのか?」

これは多くの外資系IT企業のマーケティング担当者が直面する共通の悩みです。実際に、外資系IT企業のマーケティング担当者を対象とした調査では、73.6%が日本市場での課題に直面し、そのうちの半数以上が「日本市場に特化した戦略立案」を最重要の課題として挙げているという調査結果があります(以下参照)。さらにこの調査結果でより注目すべきは、75.5%の担当者の方が「日本のマーケティング戦略は、海外のマーケティング戦略と異なる」と回答している点です。

PR TIMES(株式会社 IDEATECH)

【外資系社員のマーケティング担当者106名に聞いた】73.6%が日本市場で課題に直面したことがあり、半数以上が「日本市場に特化した戦略立案」「日本市場のニーズ把握」に課題を実感

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000151.000045863.html

確かに弊社の肌感としても、これまで 20年余、翻訳やローカリゼーションというお仕事の中だけで振り返ると「日本は特殊な市場である」という話は何度も耳にする機会がありました。

では、具体的に何が違うのでしょうか。今回はデータと実例をもとに、海外で成功したマーケティング施策が日本で失敗する5つの構造的な要因を分析し、それぞれに対する実行可能な解決策を探りたいと思います。

【ギャップ1】日本企業の意思決定プロセスの構造的な違い

課題:「短期成果主義 vs 稟議制度」

最も見落としがちなのが、日本企業の意思決定プロセスでしょう。多くのグローバル標準では「決裁者にダイレクトにアプローチし、短期で成果を出す」ことが重視されますが、日本企業では稟議制度に基づく合意形成プロセスが根強く残っています。いわば日本式の意思決定プロセスです。

この違いは数字にも現れています。国内の公開調査では、選定に関与するメンバーは「4〜5名」、最終承認者は「2〜3名」が一般的で、検討期間は「1〜3ヶ月が最多」と報告されています(大規模案件ではさらに長期化)。これが一般的な意思決定プロセスとすれば、確かに「時間がかかる」わけです。

解決策:段階的な合意形成プロセス

効果的なアプローチは以下の3段階に分けてクライアントの合意を獲得する必要があります。逆にこのプロセスを辿ることで合意を得やすくなるとも言えます。

フェーズ期間内容
第1段階情報収集フェーズ数週間~数か月・現場担当者向けの詳細な技術資料、機能比較表、ROI計算ツール等を提供

・「上司への説明用資料」として、プレゼンテーション素材をセット

・競合比較や業界動向を含む、包括的な情報パッケージを準備
第2段階社内検討フェーズ数ヶ月〜四半期単位・各部門(IT、調達、法務、セキュリティ)向けの専門資料を個別に準備

・段階的な導入計画と予算分散などの提案

・他社の導入事例と失敗回避策を詳細に提示
第3段階最終決定フェーズ案件と稟議の層数に依存・経営層向けの戦略的な価値提案

・導入後のサポート体制とリスク管理計画

・段階的な成果測定指標の設定

成功事例:Salesforce の長期にわたる関係構築のアプローチ

Salesforce は日本市場への参入当初、アメリカ式の短期クロージングアプローチで苦戦していました。しかし、2010年以降、前述の日本企業の意思決定プロセスを理解し、以下の施策を実行しました。

  • Trailhead プラットフォーム:無料学習コンテンツを提供し、現場担当者の理解度向上を支援
  • 段階的な導入プログラム:小規模パイロットから始める低リスク導入モデルを確立
  • 業界特化型アプローチ:製造業、金融業などの業界ごとの特殊な状況や事情にも対応

これらのプロセス変更により、徐々に日本市場に受け入れられるようになり、Salesforceは日本を含むアジア太平洋地域においても、CRM市場シェア1位となるなど評価が上がっています。

Salesforce、12年連続で世界No.1 CRMプロバイダーに選出

【ギャップ2】コミュニケーション文脈の誤解

課題:ダイレクトメッセージング(ローコンテクスト) vs 間接的表現文化(ハイコンテクスト)

欧米のマーケティングでは「明確な価値提案」「ストレートなベネフィットの訴求」が非常に効果的ですが、日本ではこのまま適用すると「過度な売り込み感」「押しつけがましい」として敬遠される傾向があります。この文脈を理解しないまま、販売活動を続けても成果に結びつきにくくなります。

解決策:文脈を理解した日本的なコミュニケーション

日本では「売り込まれている」「押しが強い」といったスタンスではなく、「お客様のために」「お客様の役に立つ」といった効果的なコミュニケーション戦略をとる必要があり、これはセールス、マーケティング部門では必須の考え方となります。

コミュニケーション戦略具体的な施策
コンテンツのトーンの調整・「革命的」「画期的」などの過度な形容詞を避けたり、「改善」「効率化」などの現実的な表現を使用するようにする

・ベネフィットより先に、顧客の課題共感を示す

・具体的な数値データより、「お客様の声」を重視
情報提供スタイルの変更・セールス色を抑えた「情報提供セミナー」形式

・「業界の動向レポート」として価値のある情報を先に提供

・「相談対応」「課題解決サポート」としてのポジショニングをとる
フォローアップアプローチ・頻度の高いフォローより、タイミングを見計らった価値ある接触に重点

・季節の挨拶や業界イベントに合わせたごく自然なコミュニケーション

・一方的な情報提供より、双方向の意見交換を重視(対話)

成功事例:マイクロソフトの「お客様第一主義」ローカリゼーション

マイクロソフトは2014年の新CEO就任を機に、日本市場でのコミュニケーション戦略を大幅に見直しました。いわばローコンテクストからハイコンテクストへのシフトです。

コミュニケーション戦略

Azureは2015年時点で既に国内2位(AWS 1位、Azure 2位、Google 3位)との調査があり、2020年の利用率調査でも国内2位という結果が出ています。

https://business.ntt-east.co.jp/content/cloudsolution/column-374.html

【ギャップ3】競合環境の認識

課題:グローバル競合想定 vs 国内ベンダーとの競争

多くの外資系IT企業は、グローバル市場での競合他社(GAFA、Oracle、SAP等)を想定したポジショニングを行っています。しかし、実際の製品選定タイミングにおいて日本市場では国内ベンダーや日本独自のSaaSベンダーとの競争が重要な要素となることが隠れてしまうことがあります。

解決策:日本市場での独自の競合マッピングと差別化戦略

日本市場を理解するための様々な「競合」を把握することが重要ですが、日本市場に特化した競合分析フレームワークを用いて様々な角度から分析を行っていきます。

競合分析補足説明
技術的な競合相手・他社グローバルIT企業
※これが従来の競合分析
関係性の中での競合・既存の国内ベンダーや SIer
現状維持としての競合・自社開発で解決したり、既存システムをそのまま使用(延命措置)する
代替手段による競合・他部門での課題解決や外部への業務委託による投資による回避

このように、外資系IT企業だからこそ持ちうる様々なリソースと日本企業の特徴を掛け合わせることで、新しいマーケティング戦略を生み出すことができます。

戦略設計補足説明
グローバル標準の技術力 × 日本市場への理解度外資系IT企業が保持する高い技術力を武器に、日本市場や日本企業文化を理解した方法でのアプローチ設計が重要。
本社リソース × 現地サポート体制の充実外資系IT企業の潤沢なリソースを活用し、きめ細かい日本企業へのフォローやアフターサポート、フォローアップ。
コスト競争力 × 導入リスクの最小化強い資本力から生まれる価格競争力とクライアントにとっての導入リスク(価格、品質など)をカバーした戦略

成功事例:Salesforce の国内 SIerとの協業パートナー戦略

Salesforce は当初、直販モデルで日本市場に参入しましたが、国内ベンダーとの競合で苦戦していました。そのため、2012年以降、戦略を以下のように転換しました。

協業パートナー

これらの方針転換により、Salesforce は日本市場で大きくシェアを獲得することができました。また、IDCの経済効果分析では日本におけるパートナー収益率(Salesforce 1ドル当たり)が7.07倍と推計されています。

2019年から2024年の間に、日本で1,090億ドル以上の新規ビジネスと、 約20万人の新規雇用を「Salesforceエコノミー」が創出

【ギャップ4】購買影響者の見極めの失敗

課題:決裁者重視 vs 現場担当者の影響力

欧米では「Decision Maker(意思決定者)」へのダイレクトアプローチが効果的ですが、日本企業では現場担当者の意見が意思決定に大きな影響を与えることがあります。そのため、現場担当者の理解をどのように得られるかがポイントになります。

解決策:日本企業における購買影響者マッピングを行い、アプローチする

日本企業での意思決定プロセスにおいて現場の担当者の共感と理解を得ながら、経営までの意思決定をスムーズに運ぶためためのいくつかの階層を通過しなければなりません。それぞれのポジションにおける評価ポイントを確認しつつ、営業マーケティング活動を進めます。

階層影響度属性特徴や評価ポイント
エンドユーザー実際の利用者、現場担当者・日常業務への影響を最重視
・操作性、利便性および学習コストを評価
技術者、技術検証者中~高IT部門のシステム管理者やエンジニア・技術的な妥当性やセキュリティ面、運用負荷などを評価
・既存システムとの連携性を重視
業務の責任者部門長、マネージャー層・業務効率、コスト効果を評価
・導入による組織への影響を考慮
経営中~決定権役員、CIO等・戦略的価値、投資対効果、信頼度を評価
・最終的な予算承認権限を保有

段階的なエンゲージメント向上を狙う

以下のプロセスに則って、購買者に対しそれぞれの訴求ポイントを中心に、プレゼンテーションを重ねていかなければなりません。
成功事例:Adobe の現場主導型の導入支援

Adobe Creative Cloudの企業向けの展開では、従来のトップダウンのアプローチから、現場主導型に戦略を転換し成功を収めています。

現場担当者エンゲージメント

これらの施策により、Adobeは国内「グラフィックスソフト」部門でBCN AWARD(量販POSベース)最優秀賞を獲得し、同カテゴリでの強い地位が証明されています。

【ギャップ5】投資時間軸のミスマッチ

課題:四半期での成果 vs 長期関係構築の重要性

外資系IT企業の多くは四半期ベースでの短期の成果を求められますが、日本市場では長期的な関係構築が売上に大きく影響するため、それらを無視してのビジネス推進は長期的には拡大が難しくなります。

解決策:段階的なROI測定と長期投資のバランス

例えば、以下のように短期から長期のそれぞれの目標設定および、投資バランスなども設定しておくことで、短期的な目標を満たしつつ、長期の関係構築も進められるようになります。

短期成果指標(3-6ヶ月)中期成果指標(6-18ヶ月)長期成果指標(18ヶ月以上)投資配分の最適化(例)
・リード獲得数
・セミナー参加者数
・パイプライン金額
・検討段階進展率
・受注金額
・継続契約率
短期成果:40%(リードジェネレーション、イベント等)
・ホワイトペーパーダウンロード数・パートナー紹介案件数・顧客生涯価値(LTV)の向上中期成果:35%(関係構築、パートナー開拓等)
・初回商談 創出件数・既存顧客エンゲージメント向上率・口コミや紹介による新規開拓長期成果:25%(ブランディング、思想リーダーシップ等)

成功事例:Oracle の10年投資戦略

Oracle は1990年代の日本市場参入時、短期的な売上追求で苦戦しましたが、2000年以降、長期投資戦略に舵を切りました。

長期投資

日本企業は一度信頼関係をしっかり築いてしまえば、契約更新なども見込めるため「損して得取れ」という発想が必要になります。Oracle はそういう点では日本市場を深く理解したからこそ成功したと言えるでしょう。

実践のための5つのアクションプラン

前述のように日本市場に合わせた(ローカライズされた)マーケティング戦略が必須ですが、具体的に明日から実践可能なアクションプランをご紹介します。この順番で戦略設定からスタートすべきであり、最適なパートナーとともに進めていくことが求められます。

5つのアクションプラン

まとめ:日本市場での真の成功に向けて

いかがでしょうか。海外で成功しているマーケティング施策や手法が日本で失敗してしまう要因は、決して日本市場の「特殊性」や「閉鎖性」が理由ではありません。

むしろ、日本企業の合理的な意思決定プロセス、リスク管理重視の姿勢、長期的な関係性を大切にする企業文化を正しく理解し、それに適応したマーケティング戦略を構築することが重要だと言えます。

外資系企業にとって重要なのは、グローバル本社のリソースと日本市場の特性を組み合わせた「ハイブリッド戦略」の構築です。技術的優位性やグローバル実績という強みを活かしながら、日本企業の意思決定プロセスや購買行動に適応したアプローチを取ることで、将来を含めた持続的な成長を実現することができます。

今回ご紹介した5つの要因と解決策は、多くの外資系IT企業が実際に直面している課題への実践的なアプローチと言えます。まずは完璧を求めるより段階的に実装し、継続的な改善を通じて日本市場でのビジネスを加速しましょう。

日本市場は確かに独特ですが、それは同時に、適切にアプローチできれば長期的で安定した収益を生み出す魅力的な市場でもあるということです。外資系企業というポジションを上手に活用しながら、日本市場での存在感を増すためのマーケティング活動をお勧めいたします。