成功事例というのは世にあふれていますが、なかなか「失敗事例」についてはお目にかかることが少ないと思います。そこで今回は、失敗事例から学べることをご紹介したいと思います。
※架空の企業 A 社の事例を解説
コンテンツ
A 社の多言語翻訳プロジェクト背景
- 近年増え続けるインバウンド(外国人観光客)向けの Web サイトの多言語翻訳プロジェクト
- 取り扱う言語は英語や中国語など合わせて5言語以上
- インバウンド情報を各言語で定期的に発信
- 多言語への翻訳が必要になるのでコストもそれなりにかかる
最近はよく聞く話ですが、この A 社様では上記の多言語翻訳を行う際に、すべて手動で行うかもしくは、自動翻訳 API を使うかという検討期間がありました。
翻訳が「意味不明」「読めない」という事態
結果としては、「手動で行うとコストもかなりかかるので、自動翻訳で行う」という方針に決定しました。そしてその多言語で自動翻訳された言語を、翻訳会社にチェックしてもらおうという流れになりました。
まずはテストとして少量を自動翻訳し、翻訳会社に見てもらったところ、翻訳会社からは以下のようなコメントが寄せられました。
「この文章が何を言っているのかがわからない。意味を成していない」
「この中国語は簡体字と繁体字が混在していて読めない」
つまり、そもそもの訳文が、チェックしてどうにかなるレベルではないということでした。これには担当者も困り果ててしまいました。当然ながらチェック料金で対応できるものではなく、やり直したほうがいいということになりかねません。
確かに予算が無尽蔵にあれば、手動で翻訳を依頼するほうが品質的には良くなるのかもしれません。しかし、実際にはそんなことはありません。なんとかコストを抑えつつ・・・ということで自動翻訳を選択したものの、テストしてみればそれでは今度は使い物にならないというジレンマ。
そんな状態で進めても Web サイトそのももの評価が下がるのは目に見えています。今回の Webサイトは、インバウンド向けですから、色々な国の方が閲覧する可能性が高いわけです。そのために制作するのですから当たり前です。社内文書ならともかく、外国人が見てネガティブな口コミなど広がってしまったら、その方が影響が大きくなってしまい修復できません。
結局、この後、A 社としてなかなか方向性が定まらず、いったんプロジェクトは頓挫してしまいました。
何を優先するのかの見極めを
これらはよく聞く話かもしれません。ただ実際に「金額と品質と納期」のバランスをどうやって取るのかは本当に難しいものがあります。
関連する内容になりますが、数年前に以下の記事を掲載しています。
この記事でも触れていますが、自動翻訳にせよ、翻訳支援ツールにせよ、ツールやAPI が悪いではなく、それらを使う「人間がどういう判断基準をもって使用するのか」が重要だということです。
本質的な部分で理解をしていないと、ツールが悪い、API が使えないという話になってしまいます。テクノロジーが進化していっても、それを使う側の発想がまったく進んでいないという事態になれば、ますます「不適切な場面」で使用したり、「必要な場面」で使用しなかったりということになりかねません。
テクノロジーに原因を求めるのではなく、何を優先するのか、つまり「目的は何か」をしっかりと見極めることがますます重要になってきていると言えます。
AI の進化でますます求められる人間の役割とは
「ディープラーニング」という言葉を多く見かけるようになりましたが、このディープラーニングが今後進化し、発達すれば、人間に代わるほどの言語処理を行うことができる可能性があります。
それほどこの「ディープラーニング」は自然言語処理技術でも注目されているテクノロジーです。こちらの内容を解説してしまうとテーマと外れてしまうため、割愛いたしますが、AI が研究段階にある現在では、やはり人間がきちんと基準をもって判断をしていかなくてはならないという事実は何も変わりません。
いやむしろ、AIの真価が進めば進むほど、私たちはより一層人間的な部分を使わなくてはならなくなります。
そうなると、「全体をざっと自動翻訳しておいてあとはチェックすればいい」という発想では、まったく太刀打ちできないということになります。(すでに Google 翻訳はその精度が飛躍的に向上したというニュースが流れたのも昔の話です)
また現時点では、想定される翻訳品質が上述のようなものであれば、翻訳者も喜んで対応するということはないのではないかと推測します。(実際、弊社の翻訳者さんでも、機械翻訳や自動翻訳で翻訳された訳文を積極的にチェックしたいという方はひとりもおりませんでした)
となると、お客様側の想いだけが先行してしまって、その実情が伴ってこないという事態になりかねません。
一番大切なのは「伝わるか伝わらないか」
もっと言えば、自動翻訳でも AI でも人間が翻訳する場合でも、大切なのはその目的が果たせられるかどうかということです。
上記の例であれば、Web サイトを利用する外国人観光客が、この Webサイトを見て、「すごく便利だし使いやすいし、わかりやすいね」と思ってもらえるかどうかが重要なのであって、常に考えなくてはならないのは、それを達成するためにあなたはどうしますか?ということです。
テクノロジーはそれらをサポートしたり効率アップのためのツールです。しかし残念ながら現状ではそこまで辿りついていないとすれば、何か他の手を考えたり組み合わせたりという発想の転換が必要になります。
繰り返しになりますが、この点こそがひとつの多言語翻訳プロジェクトを成功させるかどうかの分岐点になると言えます。
まとめ
- 自動翻訳 API も人間による翻訳も AI もそれぞれの特性がある
- その特性を見極めることこそ、人間の重要な仕事
- 目的に沿った明確な判断基準を持つことで「使われる」のではなく「使いこなす」ことができる
翻訳・通訳・ローカライズのお問い合わせ全般
トライベクトル株式会社 代表取締役。会社経営 19年目。翻訳・ローカライズ業界24年。翻訳・ローカライズ実績年間10,000件以上。
現在は BtoB (特に IT 企業)専門のマーケティングサポート(動画や導入事例などのコンテンツ制作全般)と言語サービス(翻訳、オンライン通訳、英会話、e-learning 講座等)を行っています。